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五感のズレの仕組み

鼻をふさぐと味が正確に特定できないケースよくあるわけです。五感のアロケーションが視覚に偏ってるのもそうですが、特定の感覚器だけを使うように体ができてないんでしょうね。

映像を見るときの音楽の役割もそうです。感覚がクロスオーバーすることで感覚にアンプ的な効果を付帯できます。観測対象そのものの薄い情報を意味ある情報に持ち上げる必要というか理由はわかりませんが、例えば目で見るだけ、嗅ぐだけでは脳が処理できるレベルに足りないんだと思います。

変数が一つの場合、前後の時間を要素として追加し、変化をとって初めて対象がわかるというか。それが過去のデータベースにあれば引っかかり、その検索ワードの数でより特定情報にアクセスできる。まあそんなとこでしょう。

スピーカーだとわかりやすいです。高音と低音のツーウェイを準備するとお互いのカバー範囲がぶつかるわけです。このクロスを適当に処理することで元のデータを損なわないようにしています。

基本は生き残り戦略の感覚だったわけですが、テクノロジーの介入により本来のバランスはまあ崩れてきてる面も否定できません。共感覚みたいな特殊な例からもわかるように、一部領域外にアクセスすると天才と呼ばれたりバカと思われたり、フェーズが一個進んでしまうんですね。聖書における果実ですよ果実。

アダムとエバのように食べて神落ちが人っぽいですし、飛影の邪眼も、器って何かよくわかりますよね。感覚器って表現よくできてる
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