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血の鎖

考え方などといってしまえばそれまでですが、ご先祖あっての自分だとか、そう言われたとして、現世に不満がある人は同じ表現をするでしょうか。多分、こんな家じゃなければとか言うんじゃないですかね。

程度の問題でいえば、格差を認識できる機会は多くあって、より拍車をかけたのはネットの普及もあり、知らなければバカのままスルーできた面も少なからずあるわけです。

知らぬが仏的な、ある意味でまたげないヒエラルキーが見えてしまったと言うことです。上の上とか中の下と言うやつです。上は上の内の上中下を横断でき、下は下から中には行けないみたいな。

別に努力がどうのって話でもなくて、単に生まれたところがそこだっただけのこと。逆にいえばそれが全てに絡んでくると言うのが血という現象ですね。

親が守りたい何かであったり、残したい何かを期待するのは概ね子供になりますが、それは大いに矛盾に満ちてというか、時間発展とともに微妙に邪魔する方向へシフトしがちなことは少なくありません。邪魔というと不快に思うかもしれませんが、欲の一致はまずあり得ませんので親子間で実現したいことが揃うのは立派なことです。

立派な家の親の介入は大したマイナスでもないですけど、下の方における介入は見ていられないものがあります。それが悪だとはいえないにしろ、優劣の非対称性は感じざるを得ません。ただ、厄介なことに、価値観の差とはえらいもので、持つ者の世話焼きに過度な反発を示し、ニューワールドへのチケットを手放してしまうケースがとても多いわけです。

生まれが悪くて残念でした。そこに問題意識が沸かなければ以上終わりということですね
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