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どこの世界も大して変わらない

なぜ顔が売れてる人が一般ではなく、売れていない人が一般なのかについて

例えば、学校だとヤンキーが目立ちますよね。大して関わりなくても名前知ってるみたいな。このヤンキーからみたヤンキー以外の人が一般の人、というと構造がはっきりします。

また、大所帯のグループに、乃木坂でもいいんですけど。インタビューやバラエティで、冗談ぽく
「本当は仲悪いんでしょwww」
みたいなくだりが出た時に、いやいや仲良いですよーとなるあれ。プライベートでは遊んだことないですって言うと、じゃあそんなでもないじゃーんという一連

学校でも会社でも、あるコミュニティにおいて普通に接してて別段仲悪くないくらいの人はいくらでもいます。ぼくは付き合い悪いほうなんで、そのうちプライベート遊ぶ割合なんて一割もいません。

ある世界を特別だと考える理由は、誰もが知ってるのに誰もその実を知らないケース。一番頭の話になりますが、顔を知ってる人が圧倒的に多い割に、その世界の関係者が比して少ない−一般の人の中で生きている、と言うことが挙げられます。

ただ、かつて閉じられていた世界もネットによりどんどんオープンになりました。そして今会えるアイドルを通り越して、限りなく一般に近い状態にまで来ていると感じます。そこに見えてくるのは、当然ですけどなんてことない普通の社会です。

大きく違う点は、サラリーマンのような集合体ではなく、誰もがあくまで個人事業主であると言うくらい。ただ、そこが一番の認識乖離なのかもしれません。自分が主体、リスクもリターンも本来はフルカバー。そのヘッジ及びマネジメントに噛んでいるのが芸能事務所。原則は五分のパワーバランスが望ましいところですが、そうじゃない。と言うのが昨今のワイドショーネタのテーマですね。

もう一歩進めば、土台には芸能界というモデルを作る金の流れ(スポンサー)や程度を調整する広告会社があるわけで、見たまま信じるとそりゃあ事実も歪むというものです。いうて、騙し騙されなんてのは欲望渦巻く人社会の中では挨拶みたいなもんなんでしょ。

いやあ、嘘の戦争ですね。怖い怖い
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