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自虐の希薄化によるディスり損

この時期になると
「クリスマス一人〜」
的な話が、クリスマスに沸く人たちと並んで出てきますね。

しかし年々この件もつまらなくなってきたというか、母数が増えると一つ一つのインパクトが小さくなります。言ってる人に悪気はありませんが、聞く方としては飽き飽きしています。

ではどの程度聞いてると飽きてくるのかというと、クリスマスの例で言えば、楽しいと感じていた期間からその半分程度の批判的期間を過ぎたくらいでです。30年生きてれば25歳くらいで飽きる感じですかね

まあとにかく、習慣は15、6年で一度サイクルが終わるように思うんです。七、八年で逆トレンドを形成してひと周期というか。個人差を考慮しても、その間でサイクルが終わらない人はじゃあなんで習慣が続いているか。それは別の時間軸ができることがあるからだと思います。

子供なんぞできると子供のタイムラインが主軸として効いてきます。むしろそういうのでもなければ大概のシクリカルイベントはマンネるもんで、本来思惑でもなければ維持できないわけです。

いうて、クリスマスどうすんのって聞くから答えないといけないケースも多いでせうからね。聞く方は聞く方で手抜いてるのは間違いありません。時候の挨拶が前置きであるように、セットされてるネタに頼っちゃ面白くないです。こんなエンタメ飽和時代にならなおさら
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