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なくなる職業とそこに関わるアビリティの行く末

自分の頭の片隅にあるものは目に付きやすいわけですが、よくテクノロジーの進化とともに要らなくなる職業というものが語られます。自動になるもの、AIが処理するもの、いかにもな理由はいくらでも出せます。情報が錯綜する現代だからこそ、こういった話を煽ってなんとなく悲壮感でも出そうとしている気がしてなりません。

そもそも情報アクセスが大幅に偏っていた時代とは違い、何でもかんでもすぐ共有できる今、肝心なのは情報に対する読みであると俺は考えます。

例えば、パソコンはもはやスマホにまで形を変えてきましたが、GUIが広まる前まではみんなコマンドをポチポチしていました。極端な話、パソコンを使える人の価値が下がったかというとむしろ上がったんじゃないかと思います。もちろん事務的な処理をはじめとした作業の塗り替えのことを言ってるわけじゃありません

98年頃はブラインドタッチにまだ価値があったような気がしますけど、今はできてもどうってことありません。むしろスマホでキーボード入力してる人を見るといい加減フリック使えよというフェーズです。

ただ、こんなものは全て表層で、未だプログラミングは義務教育でもほとんど触られません。

多くの人がプログラミングとは縁のない中で、いよいよ人工知能でプログラミングもなされると言われています。大概の人にとっては置いてけぼりも置いてけぼりです。囲碁でAIがーと言われても、すごいんでしょうけどねえって感じ。ニュースの末端で沸き立つ時はそのネタのピークであることはもはや常識となりました。

無くなる職の一方で増える職もあり、そこへの理解は民の理解そのものであります。

日本ではユーチューバーくらいでもワーワー言っちゃいますが、プロゲーマーの世界でももはや億プレイヤーはいますよね。世界と比較する意味はないですけど、雇用のパイは増えた方がいいに決まってます。夢見てるんじゃないとか平気で言う人はその言葉に責任持って同じだけの雇用を創出しないといけません。規定ラインで間に合わないのはそんな瑣末な問題だけではないのですから。

社会で何らかの経済に貢献した程度では維持できない現実がそこにはあります。世界中のカネ余りを解決するアイデアも持たずに何の経済でしょうか。まあ単なる職にスポットを当てたポジトークの一環なのかもしれませんが、前に進む話ではないです。
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