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食に興味がなくなった俺が食に興味を持った話

これは食に限らずなのだけど、一度一山越えたあたりで熱がなくなる現象。例えば、俺は小学生時分にマグロのトロを食いたくて、ダメ元で親に食わせてくれと言ったら意外にもすぐ食わせてもらえたのだ。なんかテレビや漫画の情報だとハードルが高いような表現が多く、そうそう食べれるもんじゃないと感じてた。

同じく、中学手前でフグを覚えた時も、一度好きだと言ってたら毎年何回かは食べるようになった。これを贅沢だという人もいればそうじゃないという人もいる。しかし、そんな時期から何年、贅沢だと口にしていた人も、トロやフグくらいの食材は口にするようになってるだろう。

単に子供のころ食べなかったものを、自分で金稼ぐようになって食べだしたわけだ。じゃあ一方で俺は、というと肉はオージーやアメの赤身の肉を好み、小さい頃からの食に比べかなりヘルシーなものが増えた。年的なもので脂身が減ったり、そういうことでセーブしているわけではなく、波だと考えている。

主に、いわゆる高級食材を体に入れてた時期は9歳から17歳の8年間ほど、以降は適度にお腹がふくれればいいと思ってた。しかし、ここ二三年は米を減らし、30過ぎても見れる体を作っていかねばと思っている。選ばずに体に入れて、それをうまく捌ける期間は終了しているはずなのだ。

で、一つ疑問に思うのが、小さい頃から俗に言ういいものを食べてこなかった人は、果たしてどこまでそのいいものがわかるのかということについてである。まあこれも、あくまで主観的な事実があるだけで、絶対的な指標があるわけではない。

強いて挙げるなら、共通の教養が備わってるかどうかという話。絵でもワインでも、ど素人がその感想をわけわからないというように、添加物やファストフードで食の礎を築いた人で果たしてその食材の何を美味しいと思うのか。下手すれば、食べたことがないという新鮮さを美味しいと錯覚してる可能性だってある。

付き合う人間の食センスが違う場合、他のセンスのズレよりもいろいろな点でズレが発生する。そんなことを最近は考えるようになった。イギリスほどの階級というわけではないが、クラスが違うと合わないことはことごとく合わない。

だからあれだよね、これっていうメニュー指標があればフィットはさせやすいかもしれない。ちなみに俺はその必殺メニュー、カレーそばなのだ
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