Header Ads

なぜ休日がうまく使えないのか

逆説的にですが、休みに合わせて何かをやるってとても不自然だと思うんですよね。したくなった時にできるのがベストなんですが、資本主義の国では会社に属してる人が多いんでそうもいかない。だからまあ、最近だったらGWみたいな時にまとめて発散といった発想なんでしょうけど、日本みたいな人口のボリュームでそれをやると結局発散の程度って落ちますよね。

車離れなんかどこ吹く風、毎年変わらない渋滞のニュース。新幹線の乗車率、海外旅行へ行く人のインタビュー。為替、景気のインパクトってなんでしょうか。

そういった代わり映えしないものと知りながら、依然流れから脱却しないのはそれがイージーだからです。疲れるとわかってても出かけるいつものパターンが楽。変化をつける元気がないのは、普段の仕事で憔悴しきってるからなわけです。

子供達は学校に行っていても遊ぶことへの熱が落ちません。まだまだ新鮮なことがいっぱいあるからです。ほんとは大人でも新鮮なことはいっぱいあるのに、じゃあなぜ熱に差があるのか。それはちょっと経験が増えると大体の人は大概のことを経験したと勘違いするからです。

大人とはなまじ小利口なので、ものの表層を見ただけでやった気になってることが多いんです。例えば、釣りやスキーも道具をレンタルしてしまえば面倒臭い片付けもその後のメンテナンスも収納も何も気にしなくていいといったことです。仕事じゃないんだから面倒から解放されてしまいたい。そういう気持ちはわからなくもないですけど、その発想が逆ですよね。

面倒な仕事だからこそ面倒を減らし、遊ぶんだって時は多少の面倒を受けるくらいの余裕を持たないと。

従って、休みが充実したものになるには面倒くさいプロセスが不可欠だと思うわけです。そりゃあ、究極言えばうまくいかないのは人生の基本とか言い出すとその通りなんですが。長期的な真理と目先の心理は一致しませんし、いつか死ぬからって今死ぬのとは話が違いますよね。

Powered by Blogger.