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明日も見てくれるかな

俺が笑っていいともを見るようになったのは高校入ってから。それまではバラエティらしいバラエティも見たこと無かった。テレビといえばアニメで、バラエティとは何をやって何を楽しんでるのか、結構、本気でわからなかった。そういう意味でいいともは俺のバラエティの教養を作ったとも言える番組だった。

十数年、オンタイムでも録画でも欠かさず見てきた。習慣というか生活の一部と言っていいほどだ。番組が終わることは残念な反面、清々しい気持ちもある。年々見る番組も減って、自然と見なくなる中、録画してまで見るものは多くない。残ってるのって自分が求めてる何かがそこにあるからだろう。

でもいつまでもそこに縛られてしまうのはどうも嫌なのだ。同じままでずっといればどんどん楽になる部分も有るけれど、度を超えればどんどんしんどくなっていく。

フィナーレのシメでタモリさんが
「明日も見てくれるかな?」
と、いつものように言ったのはいいともではなく本人のことなのかと思わず感じた。本人にとっていいともは全てではないにしても、いいともはほとんどがタモリさんで出来ていた。本人はそう言わないけど。

これからもタモリ倶楽部でミュージックステーションで他で見ることはあっても、一つの時代の終わりを意識してしまう。全期間の半分も見てない俺が言うのもおかしいけど、長いストーリーほど終わった時の衝撃は大きい。人だったら長生きするほど大往生とか言って、死んでも仕方ないみたいなところがなくない。

中居さん言ってたね、終わりを意識するものじゃないからバラエティは残酷だと。
人の一生はそう言う意味で終わりをずっと意識する。メメントモリ。
だから中途半端なドラマや映画よりもいいともの終わりにグッと来たのかもね。
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