Header Ads

仕事は遊びの奴隷也

例えば、夜中ずっと遊んでいて、寝たのが明け方。二三時間の睡眠で仕事に出掛ける。そういう状況で眠たいそぶりを見せたり、アタマが働かないなんてのはいけない。若い時はなんとかなかった、なんて台詞を吐く人間は全てを年のせいにして逃げてるだけだ。若くてなんとかなるのは当然。年並にダメになったら寧ろマイナスである。なぜなら歳で落ちる体力やなんかを、そのままなるように確信犯的に放置したわけだから。

さんざん遊んで仕事に差し支える。これでは仕事が遊びの奴隷のようだ。よく人生は楽しむためにあるなんて言うが、遊び一つコントロールできないで、その人生はあるべくしてあるものなのか。ライフワークバランスと言い表される言葉の中身が如何に無秩序でいい加減であるか、想像に難くない。バランスを配分と勘違いしてるのだろうか。仕事への注力を減らし、遊びに傾けるなら言葉としてはライフワークレシオが正しい。仕事そこそこなら遊びもそこそこ、ではじめてバランスだ。

おれは眠いという言葉が嫌いで、口癖のようにいう人に一切の好感を持てない。お腹が空いたら放置するのか、寒いのに服脱ぐのか、なぜ寝ない。大概そういう奴は
「寝ても寝たり無い」
と返す。もう寝るな、と思う。寝ても寝ても眠いならいっそ寝るな。気のせいだ。

徹夜明けの仕事でもおそらく同じ。本当にしんどくて眠くて、そんな時は目も開かないし体も動かない。一時間でも寝れば数時間は普通に動けるし、実際余計な事を考える余裕が無い分目先の作業は集中してこなせるはずだ。休憩の十五分でも寝れば更に楽になる。体力的な問題もさることながら多くは気力の問題だと俺は考えている。

動物の世界では、眠いなんて主張すれば即首を取られるだろう。人間の世界ではなんともないようで、実は使えない人間だと言う烙印を押されているかもしれない。俺は押す。また言ってるなあと、ポイントカードに烙印を貯めはしないけど、着実に株の格付けを落としている。売りコンビクション、的な。

そもそも、日頃の行いがSAN値ピンチ。言い出せばキリが無いけども、あるべくして底辺とはまさに。ここにいてはいけないと言う危機感を感じるほどだ。どういう環境がこうさせるのか、なぜ疑う事をしなかったのか、どれほど上澄みがきれいでも、土台のヘドロが見えている。世に変人あれど、基礎の出来が良ければ、どうして受け入れる事が出来る。

なるほど、そうすると、見る目が無いと言う結論が出るのか。まるで光る水面にくらみ、偏光された水中を拝む事が無いかのようだ。

ん、そうか、太公望が釣りをしない人生は云々言ったのはこういう事だったのかっ!!(違う)
Powered by Blogger.