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その人、割引率高め

二十歳過ぎてアタマやカラダの劣化を感じるのはまあダメだね。22、3から坂を下り、25にしてそれを感じるのも余りにみっともない。ちょっと18,9で箔がついたとでも錯覚して、何もしない。

名前と言うのは一度付くとなかなか変わら無い。それは例えば学校でも会社でもそうで、合併や買収でもない限りそう変わら無い。だから中身が変わっていても、外から見てる人にはそれがわからない。従来通りに、同じ感覚でその名前を盾に人を定めても正確とは言えない。そんな人をして、期待されるリターンからの乖離が大きい人。その人は割引率が非常に高い。80期待すれば出だし40、的な。

別にそんな話は大した意味も無い。

新車で測ったスペックが経年で同じように発揮できるかが重要で、それには相応の手間がかかる。人のスペックこそ経年劣化が非常に激しい。なまじイベントの多い生活を送る人は経験といって誤摩化しているけれど、車で言えば10万キロ走ってきたからこれからも10万キロ走れると思ってるようなものである。日本車だから、ドイツ車だから、そういう非論理的な発想からくる経験ってただの思い出なんじゃないの?

型押しの量産ブランドに微妙な金額を出すようで、これほどあからさまに教養が出る事は無い。テレビでインテリを語る層のインテリジェンスの無さは確信的なボケであって欲しいと願う。一方で、短い歴史の中、必死に積み上げた虚像を破壊されて困ってると言うブランドを与えた側の声が無い。それもある意味象徴的だ。いや、嘲笑的とも言える。

何百万ものフリーチケットで入り込んだサファリパーク。獅子の前に放り投げられた肉。ナイフでうさぎは狩れてもゾウは狩れない。無資格の密猟者と素手のライセンス保持者は誰にでも見える能力差である。平時であればライセンスホルダーの将来にかけてもいいだろう。ただ、何より危ないのは平時で来ているという年月しか知らない人が、そのバックグラウンドを割り引かないでいることである。

変化の中で生きていれば人は自然と割引率を適切に設定できるはずである。
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