一日のうちの暗い時間
このところ、部屋の蛍光灯はほとんど使っていない。おれの部屋は特に、ここ何年かほとんど付けた事がなかったのだけど、最近は他の部屋もそうなっている。なぜそうかという理由はめんどくさいので省く。
人は一説によると太陽の光を基準に体内の時計を合わせるらしい。しかし、エジソンのおかげなのかなんなのか、太陽が沈んでも明るい中で人は生活できている。ソーラーバッテリーでも同じように、とりあえず光の中にいる事で活動限界を伸ばしている。
人にはそんなに光が必要か
誰かの死に際じゃないんだから、光を欲しすぎるのはどうなのだろう。ずっとあるから当然のように習慣で電気を付ける。まさに文明の罠である。蛇口をひねって水を出す中で育てば水のありがたみはその程度。スイッチをぱちぱちすれば明るくも暗くも出来るから光の価値もその程度。押してまわせば火だって起こせる。
別に、取り巻く環境に感謝しろだの疑問を感じる必要も無い。しかし、例えば夜寝る時は電気を消して寝る。そのちょっと前にテレビを見たりネットをしたりする際に電気を付けている必要はあるだろうか。普通はおかしいと思うだろう。口を衝いて出る言葉は
「何で付けないの?」
いや、逆に聞きたい
「何で付けるの?」
「見えへんやん」
まあそうなるよね。
ただ、いつも同質の環境で同等の行動がとれるって考え方は微妙だよね。だから雨ちょっと降ったくらいでイラつくし、人が異質な行動や考えの及ばない行動をとるとストレス反応を示す。暗い時に出来ない事は明るくなってからやればいい。天気予報があるのに傘持つか持たないかじゃなくて、晴れの日を選ぶってことにはならないのかと。
いっそ地下の環境を整えて蟻かモグラのような暮らしをすればいい。外の空気や空が見たくなったら地上に出てきて。それで十分。部屋にいるか電車にいるか車にいるかなケースがほとんどで、次元が違うけど、どこでもドアみたいなもんだ。
光がついた時からどんどん光が広がって、電球はビッグバンみたいなのだ。地球もよく光ってる。たまにあるよね、死ぬ前が一番良く輝く星。