金がなくても出来ること
こういう言葉だけを取れば、どちらかというと俺の嫌いな響きだ。持たざる事への美化というか、惨めささえも感じてしまう。ただ解釈として、金があっても出来ないことと同義だとすればなぜか納得してしまう浅さ。
そもそも、金があったらという背景しか知らない世代だから、どうしてもそういう言葉を吐いてしまう。逆に、太古の時分は金という概念もないのにちゃんとみんな生きていた。おけらだってアメンボだって、あと何だっけ?
その一方で、金があればなんとかなることだって山ほどある。もう少し丁寧に言えば、熟れるまでの資金投入は有史以来効果的であるということ。もはや、文明の建設は人類の責務になってる面が先進国において強い。
しかし、ほんのここ数百年の文明が学者や権力者の大きい声で正当化されていることには疑問を持っていい時代だという気がしている。豊かさとか、随分ぼやけたイメージで語るけれど、ヨーロッパの豊かさは、ではアジアに比べて相当なものかと聞かれたら、
「最近は」
というのが真実だろう。それも、近代文明の進み具合を豊かさとすればの話。
確かに産業革命以降、やらないでいい作業が大幅に増え、その持て余しを娯楽に使えるようになったという点は賞賛すべきだろう。そして、好きなことを出来る時間が出来たはずだった。でもどうだろう、俺が身近に見る日本はそうなっている気がしない上、豊かという言葉がどうも似合わない。息苦しく余裕の無い空気や気分の重たさが感じられる。
豊かが過ぎてなのか、それともまだ豊かになりきれていないのか、事足りることも事足りないことも無いというのはまさに苦しみの輪廻。ところがねえ、ここで徳の高そうな人が下手に気持ちを軽くしようってのにも些かの違和感がある。生老病死って言った人は聖人って言われるんだよ。苦しいこと否定してどうすんのって。
まあそれはいいんだけど、河井継之助って人が志は溶けやすいって言っててさ、最近久々に話したツレも何の期にってこと無くそうあった印象で、どこがどうってわからないものの決定的に違った。大きく何かに躓かずとも、手にした切符を使えなくてもそう。熱を持てば冷める。わかってはいても目の当たりにしたくなかったなって。
なんか、やだなこの感じ。まだ早いよ。
そもそも、金があったらという背景しか知らない世代だから、どうしてもそういう言葉を吐いてしまう。逆に、太古の時分は金という概念もないのにちゃんとみんな生きていた。おけらだってアメンボだって、あと何だっけ?
その一方で、金があればなんとかなることだって山ほどある。もう少し丁寧に言えば、熟れるまでの資金投入は有史以来効果的であるということ。もはや、文明の建設は人類の責務になってる面が先進国において強い。
玉木 俊明
創元社
売り上げランキング: 117009
創元社
売り上げランキング: 117009
しかし、ほんのここ数百年の文明が学者や権力者の大きい声で正当化されていることには疑問を持っていい時代だという気がしている。豊かさとか、随分ぼやけたイメージで語るけれど、ヨーロッパの豊かさは、ではアジアに比べて相当なものかと聞かれたら、
「最近は」
というのが真実だろう。それも、近代文明の進み具合を豊かさとすればの話。
確かに産業革命以降、やらないでいい作業が大幅に増え、その持て余しを娯楽に使えるようになったという点は賞賛すべきだろう。そして、好きなことを出来る時間が出来たはずだった。でもどうだろう、俺が身近に見る日本はそうなっている気がしない上、豊かという言葉がどうも似合わない。息苦しく余裕の無い空気や気分の重たさが感じられる。
豊かが過ぎてなのか、それともまだ豊かになりきれていないのか、事足りることも事足りないことも無いというのはまさに苦しみの輪廻。ところがねえ、ここで徳の高そうな人が下手に気持ちを軽くしようってのにも些かの違和感がある。生老病死って言った人は聖人って言われるんだよ。苦しいこと否定してどうすんのって。
まあそれはいいんだけど、河井継之助って人が志は溶けやすいって言っててさ、最近久々に話したツレも何の期にってこと無くそうあった印象で、どこがどうってわからないものの決定的に違った。大きく何かに躓かずとも、手にした切符を使えなくてもそう。熱を持てば冷める。わかってはいても目の当たりにしたくなかったなって。
なんか、やだなこの感じ。まだ早いよ。