Header Ads

need と demand

必要の無い命は無いとよく言うが、まあその通りだろう。ただ一方で需要が無いことは少なくない。言葉として非人道的なのはわかっているが、人が築いた世界の下にはもっと大きな生物の弱肉強食の世界が広がっている。

最近までff13をやってたので、これに例えればコクーンとパルスの関係に似ている。圧倒的な力の前には人が築いたハリボテの世界など、いとも容易く突き崩されてしまう。世界のどこかで人が何人生まれても人が何人死んでも、自分の目に映らないものは事実上無いものと同じ。それは確かに誰かにとって必要で、誰かの需要を満たすものであったとしても、自分に関係のあるイベントはごく限られたものである。

子孫を残すということが、単に親が子どもを必要としているからとはあまり言わない。先進国だと、大概が子どもが欲しいというwantの形をとる。まあ、跡取りとか養子って意味でneedだったりするかもしれないけど。基本的には感情としての欲求である。特別血を絶やさないためだなんてのは、少なくとも俺の周りではあまり聞かない。家族に必要とされ、社会に需要があると特に問題なく人は生きていける。しかし、どちらか一方でも不足するとかなり生きることに不自由になる。

生物界において需要があるとは強者にとってのエサ的なものであり、また生きるために必要な栄養でもある。人間だけはもっと長期的な消耗材として機能するが故に、短期的な意味が損なわれがちになる。ただ、そうはいっても長ければいいのとは勿論違う。三途の川に片足が浸かってからでは必要も需要も無い。厳密に言えば医療関係のいくらかには求められているかもしれないが、そのくらい違和感がある現実だけが残る。

マーケットもそうだけど、そんなにいい点でいつも安定なんてしないし、良くも悪くも行き過ぎることは仕方が無い。悲観的になるのも悪い波の時期に生きてしまった運命だ。

いやいや、まるで自分に何かを言い聞かすようである
Powered by Blogger.