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知らない時点で知っている

情報が変わることはあり得ないが、それを知って変わる現実はある。例えば、すごく釣れるスポットがあると知ってそこに行った場合、思ったように釣れるかというとそうでもない。勿論、パラメータが定まらないのもあるがここではもう少し人為的な話。要するに釣れると思って皆が釣ってしまうと、結果釣れなくなると言うことだ。

情報は手に入れた時点から徐々に過去へ流れて行く。雨模様はだから、通常タイムラインを伴って提供される。午後からは雨と言ったように。天気予報ならそうやって、誰もが将来価値を差し引いて、若しくは無意識のうちに変化を想定して取り扱っている。しかし、何でもそう扱えているかというとそうではない。多くは自分の都合の良いように解釈している。

昔の日本は云々と語ったところで、良いところを同じく良いところと評価出来る訳ではない。大久保利通が官僚を作ったからと言って、あの時代ではそれが最良の選択であり、決して今の世のために作った制度では当然無い。

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「全ては途上」
そう思えないから既得権に縛られ、必死に自分の立場を守ろうとする。

大河で平清盛を見ていても、朝廷の新しいことに対するアレルギーは病気かと思えるほどだ。これは現代でも同じく抱えている病気。日々現在の最良の選択はしても、明日も明後日もそれを信じてるだけでは足りない。昨日の選択で今日はもう違う選択肢を考えねばならない。人をしていくら因果を語っても再現性を期待するのは難しい。

ついこの間LIBORが問題になっていたが、世間における中立もそれに似たところがある。LIBORは各銀行がこれくらいの金利でっていうのを両端切って平均した上で決まるらしい。つまり中立もいきなりそこが決まるのではなく、先ずいくらかの母数を敷いた上で定まる。明治ではそれが官僚制度であったり、昭和であれば終身雇用であったりということ。

現代人はグーグル先生のおかげでいきなり中立を検索出来ると思っているが、探す度に違う結果を返すだろうし、一度の検索結果を答えだと思っていると変化する事実からずっと乖離したままになる。

でもまあ、母集団があんまり変化しないと中立からの誤差もなく、問題なく生きてたりするんだろうけどね。
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