Milk Dipper
これは異次元砲…
ではなく投影機である。
初プラネタリウム、なんて言うと大げさだし、なんだったらそこまでの感動は無かったのだが。これはこんなものなのかと言ってしまうには早計。そもそも水ぞ――いや他のエンタメ系施設よろしく、比較に値するだけの母数に触れていないだけなのか根本的に興味が湧かないのか、今のところ判断がついてない。
最近行った大塔村にあるプラネタ。ただでさえ田舎故、あえて人工の星を見ることも無いとは思うし、夜まで待てばそこそこの星空は拝めるはずだ。
まあ、いちいち屁理屈をこねるのは野暮だと思うし何の意味も無い。それこそ何かをするのに意味を持たせる必要も無い。なにより、ある理由でどういう風に楽しいとか、そんな因果関係が欲しくて行動するのは気持ちが悪い。そういうのは否定する時だけで十分。だから逆に、俺が如何に否定的かって話だ。
人が褒めるもの、世間が評価するものに興味が無くなり出したのはもはやキノウキョウのことではないが、小さい時は人が持ってるものを欲しくなったりもした。でもやがてそうやって手に入れたものは要らなくなるのも早いことに気付き、人が持ってないものを欲しがるに至った。良い大人になってもまだそのような価値を追ってる人間も少なくなく、成長と言うよりも人としての進歩が無いとしか言い様がない。
今の時代は価値観をひっくり返されるなんてのを経験してないから、かくあるべきなんてロールモデル以外はまったく受け入れない人も多い。「観」なんて、目に見えたりかたちがあったりするものではない以上どんどん変化して然るもの。そこまで信用をおいたり意地になって守ったりするほどのものかと思う。
確固たる何かが無いと生きても行けないなんて、随分かったるい世の中だ。先進ってのはバッファをなくすってことなのか?