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versus a ray

一番の敵は何だ、What is your enemy?

え、自分自身?

そんな自己啓発本みたいな答えは興味ありまへん。

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
アンドリュー・パーカー
草思社
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ずーっと戦ってきたのは光/放射線なのだ。敵が自分だとか言い出したのは、アニメの一休さんみたいなとんち好きか誰かだろう。人は人になる前から、最近話題の放射線と戦ってきて、そしてそれに打ち勝つことで生物としての進化の階段を上ってきたわけだ。負けていたら自分なんて言ってられない。そして今日でも光/放射線と戦い続けている。その戦ってきた歴史は言葉で遊びはじめた何万何千程度とは年期が違う。

さてさて、本書について触れてみたいと思う。
p130 そして軍隊の選択は、最終的にカムフラージュへと傾いたのである。
かつて警告色でもって相手を牽制していた時代から迷彩という間逆のトレンドへ変化した。これが単なる文明による合理化なのかはさておき、動物界の弱肉強食においても採用されてきたことは非常に興味深い。そして目の果たす役割がいかに大きいかを改めて認識する。

印象派というカテゴリが誕生した時、その背景にはカメラの登場による肖像画の低迷があった(と思う)。同じものを捉えるのに二面どころか多面的となったことで実は生き残ることが出来たのである。また、鳥は人の見えない光まで見えていることが知られているが、ある蝶はそれを利用して自らの羽に蛇の模様を映し出して身を守っている。これは人の迷彩の流れとは逆を行くが、見える/見えないのメリット/デメリットが対峙する敵によることはおかしなことではない。

なんにしても、目という機能を手に入れたことで認識する世界は、脳が処理している五感のうち、視覚の占める割合そのものと言っていい。要するに、入ってくる情報の八割が視覚から受け取るものであれば、世界の八割を認識するに過ぎないということである。このところ、しきりに自分は何が出来るかなんて言うけど、どれだけ自分が有能だと思ってるんだろうか。余りに大きな力の前で人は常に無力であり、それを日毎克服し積み重ねて大きな進化を遂げてきたはずだ。

もし仮に敵が自分であるなら無力さをどこに向けて感じているのか俺にはわからないし、いつから自分を見れるようになったのか不思議で仕方ない。そもそも、自分こそがまわりの目によって作られたものなのだから。

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