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インビジブルデブリ

ジャケ買いで、その上ファンタジーだと思ってたこの本。

もしも月が2つあったなら ありえたかもしれない地球への10の旅 Part2
ニール F カミンズ
東京書籍
売り上げランキング: 145065

途中で読むのを止めていたので再び。

思いのほかファンタジーではなく、それどころかちゃんとした科学の本のよう。物理学が中心なのだけど生物や化学の面からのアプローチも混ざっていてとても興味を引かれる。



話の中で他の星の宇宙人が地球に来るというありがちな件がある。普通ならそういう地球外の生命がいるのかとかどうやったらあえるのかみたいな浅い議論になるのだろう。しかし、本書ではそれのみならずアミノ酸の左/右旋性に触れてみたり体内時計のサイクルやウィルスへと展開する。

ただ、実際俺はその手の本をあまり読んだことが無いので宇宙絡みの本ではザラに出てくるのかまではよくわかってなかったりする。上で「普通」と使ったのは、テレビでよく見るようなサイエンス番組で、恐らく立派であろう科学者に対し「宇宙人はいると思いますか」とか「人類が住めるような星は他にあるのでしょうか」なんてことばかり聞いていたので、それが平均的な視聴者のレベルだと思ってのことである。

仮にその賢い科学者がいろんな側面について触れていたとしても、テレビサイズにカットされてしまえば意味は無い。これだと視聴者のレベルよりも編集側のインテリジェンスを疑ってしまう。その面で生のデータが見える本というのはある点では優れている。最近は特にそうだが、テレビの情報密度に向き不向きを感じることが増えてきた。ネットの優位性や本の優位性というように、情報の棲み分けがとても重要であると感じている。

棲み分けというと、電子書籍が流行り出した昨今、現存の出版社がどうのと騒ぎ立てる向きがある。しかしそれは一因であり全てではない。つまり、取って代わるほどのものは必ず過去の全てを包含するということだ。でなければ、パラメータの角一つでも抜き出ていることが、その角一つのメリットを必要とする人にとって何にも換えがたいものになる。

話がそれているが、アミノ酸がらみで言えばこの本でも似たような記述を見た。

生命は、宇宙のどこで生まれたのか(祥伝社新書229)
福江 翼
祥伝社
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知る限りでは地球としか答えようの無いタイトルなのはおいといて、ここでは光学異性体という言い方は古いと書いてあった。鏡像異性体が最近のフレーズらしく、じゃあいっそ英語のまま読んじゃえばと思ったり。言葉に突っ込むのは定義のズレを補正するか、あら探しのどっちかなんだろうけど、わかればいい気も多分にする。ここ半月で何年分かくらい言った放射能についても同様…でもないか。

なんにしてもだねえ、世の中の疑問は好奇心の種なわけで、地球上にもまだまだ不思議は存在するものの宇宙はそれ以上なのだ。生きるということは退屈しないことがとても大事で、飽きることをしなくなると終焉は見えてると言っていい。
俺が日々本を読む度知らないことが増えていくと感じるのもやっと井戸の外があることを知った程度だからなのだろう。そしてそれはより外へ外へ進む第一歩である。この進むエネルギーを無くしてしまう事こそ老化だ。いつだってなんだって、同じではいれない。

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