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これも海外発

送金無料

そりゃあそうでしょ、もうできるんだから。

課金はその技術を利用出来ない人からすればいいだけで、旧来型にしがみつく人間が悪い。
その意味で、手数料が収入になってる銀行はもたないだろうと言う話。



一度かじった甘いサトウキビが忘れられず、ずっとしがみつづけてしまう。これは悪いクセだ。実際にはもう繊維だけになってしまってもまだしがむ。既得権に縋っている人はせいぜいその程度だろう。

銀行のシステムの一部は、昔のシステムを完全に包含した新たなシステムで置き換えることが出来る。そしてそれが普通になれば、システムの刷新に踏み切れない銀行は差分を客から負担することになる。同時に人の側だって進化したシステムについていかなければいけない。

思うに、これは若い若くないに関わらず性格やなんかの部分が大きい。

おれを例にとれば、日常的に使うツールの多くはどれも頻繁に刷新や更新を行う。OSをはじめブラウザから、手で触れるものや、身の回りの机や棚の配置からなにから。それはいつもその瞬間その瞬間をベストに保ちたいからである。

本を読めば、映像を見れば、話を聞けば、その前後で確実に自分は変わっている。そんな中では自分が使うツールも進化させていく必要がある。なぜなら、モノのスペックの低さが自分の進化スピードの障害になっては非常にもったいないからだ。

日本の製品はオーバースペックで、それ故にガラパゴス化している。それは一方では正しくて一方では正しくない。つまり、人の手に余るのかニーズに余るのかということ。
つまり、日本車でいえば280psの規制が無くなったり、衝突安全のために車幅が大きくなったりすることはオーバースペックなのか。また、ブルーレイをはじめとしたレコーダーにアナログチューナーやカセットデッキが乗っかっているのは必要性からなのか。
自分なりに結論を出せば、同じ金を出しても性能だけが上がればオーバースペックとは思わない。逆に、性能面で不必要な抱き合わせが値段を不適当なものにしている。この不必要な抱き合わせがオーバースペックなのである。
単なる性能過剰をオーバースペックと呼ぶのは人がついていってないだけ。

かつてDBのトランクスが陥った罠がそう。ベジータよりも遥かに戦闘経験に乏しい戦闘ガラパゴスだったゆえに図体ばかり大きくなって捨てることをしなかった。動物は大きくなる時に脱皮をするように、進化の過程では捨てることが重要になってくる。むしろ捨てることでほとんどの場合にうまくいく。

何を得るかより何を捨てるかの方が難しい、そんなお話。

8割捨てたら仕事は9割うまくいく
臼井 由妃
朝日新聞出版
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