裏地はハート柄ですか
5月15日
天気もよく、とてもリフレッシュできた日でした。
ルノワール展を見に行って、ホテルでランチをして、なんかその辺ぶらついて
まあ、時たましかない瞬間ではありますが、そういう日を持てることはとても幸せなことなのです。
同じような日々の繰り返しというのは、有史以来目指されてきた現実のように思えます。しかし、人がそこに長くいることは実は幸せだと思わないことが多くて、ただその時たまの瞬間のために日々時間を売るようになったわけです。
さはありながら、幸せというのは貯めたり時期を調節したり出来るものではありません。具体的なものでない以上、それを感じている今にしか得れない感覚です。つまり、後で楽をしたいと言ったような一種のヘッジ可能なものではないのです。従ってその傾向がより強くなればなるほど別な何かに流れやすくなるのは自然なのかもしれません、貯金とかね。
そういう意味で生きることが目的の頃に比べ、生きることに対する位置づけのハードルが上がってきています。それを越えることがないと不幸だなんだと思ってしまうのも何となく贅沢な気がしますね。不幸をはじめunhappyの字なりからして幸せありきで考えるところが人間にはある。
だから何だということもないし、それが間違ってるなんてのは誰が言えるわけもなく、単に経験から講釈たれただけのことです。
さてさて、生きると言う話をダラダラ上記していますが、俺において生きるとは暇を潰すと同義だと思い続け、さして計画や展望なんて言う破綻しやすいものを立てたことがないんです。が、ちゃんとした大人の女性がなんしか期間目標を設定しているという話をしていたので、なんか考えてみようと思います。
今年25なので、80くらいで死ぬと仮定しよう。30になる頃には社会的信用のある人にはなっておきたいと思います。だからこの五年で何か一つでも世の中に形を残すべく行動しておかなければいけない。資格とかはイマイチ信用していないのでとる予定もありませんけど、英語は日本人でいるためにもペラにはなりたい/ならねばと思っています。
特に俺にとってはタイミングがいいと言うか、2010年代というのは「働く」という概念が変化するような時期だと思っています。従って、その出だしの年に自身の折り返し地点だと考える年齢にあるのは何かあるように思えます。
話が少し横に行きましたが、計画を軽くフローにすると
25:自分がビジネスオーナーとして確立出来る分野に身をおきます。自立というか、景気とかインフレに左右されないくらいのポジショニングでいたいです。
26:あ、ちなみに今思い出したけど、高校の文集には26で結婚とか書いてた気がします(するのかな・・・?)
27:何も変わらなければ舞台が日本だけではなくなる頃です。
しかし全然思いつかないね。三年分でも薄い内容でも凄い時間かかりました。
やっぱ考えとかないと駄目なんですかねえ、予測出来ない未来のことを考えるより、来る未来を受け止める準備が出来ていた方が確実だとか言って言い訳しようかなあ。
とりあえず、一回これで更新しておこう。足りなさを感じればもう一回記事にしよう思います。
天気もよく、とてもリフレッシュできた日でした。
ルノワール展を見に行って、ホテルでランチをして、なんかその辺ぶらついて
まあ、時たましかない瞬間ではありますが、そういう日を持てることはとても幸せなことなのです。
同じような日々の繰り返しというのは、有史以来目指されてきた現実のように思えます。しかし、人がそこに長くいることは実は幸せだと思わないことが多くて、ただその時たまの瞬間のために日々時間を売るようになったわけです。
さはありながら、幸せというのは貯めたり時期を調節したり出来るものではありません。具体的なものでない以上、それを感じている今にしか得れない感覚です。つまり、後で楽をしたいと言ったような一種のヘッジ可能なものではないのです。従ってその傾向がより強くなればなるほど別な何かに流れやすくなるのは自然なのかもしれません、貯金とかね。
そういう意味で生きることが目的の頃に比べ、生きることに対する位置づけのハードルが上がってきています。それを越えることがないと不幸だなんだと思ってしまうのも何となく贅沢な気がしますね。不幸をはじめunhappyの字なりからして幸せありきで考えるところが人間にはある。
だから何だということもないし、それが間違ってるなんてのは誰が言えるわけもなく、単に経験から講釈たれただけのことです。
さてさて、生きると言う話をダラダラ上記していますが、俺において生きるとは暇を潰すと同義だと思い続け、さして計画や展望なんて言う破綻しやすいものを立てたことがないんです。が、ちゃんとした大人の女性がなんしか期間目標を設定しているという話をしていたので、なんか考えてみようと思います。
今年25なので、80くらいで死ぬと仮定しよう。30になる頃には社会的信用のある人にはなっておきたいと思います。だからこの五年で何か一つでも世の中に形を残すべく行動しておかなければいけない。資格とかはイマイチ信用していないのでとる予定もありませんけど、英語は日本人でいるためにもペラにはなりたい/ならねばと思っています。
特に俺にとってはタイミングがいいと言うか、2010年代というのは「働く」という概念が変化するような時期だと思っています。従って、その出だしの年に自身の折り返し地点だと考える年齢にあるのは何かあるように思えます。
話が少し横に行きましたが、計画を軽くフローにすると
25:自分がビジネスオーナーとして確立出来る分野に身をおきます。自立というか、景気とかインフレに左右されないくらいのポジショニングでいたいです。
26:あ、ちなみに今思い出したけど、高校の文集には26で結婚とか書いてた気がします(するのかな・・・?)
27:何も変わらなければ舞台が日本だけではなくなる頃です。
しかし全然思いつかないね。三年分でも薄い内容でも凄い時間かかりました。
やっぱ考えとかないと駄目なんですかねえ、予測出来ない未来のことを考えるより、来る未来を受け止める準備が出来ていた方が確実だとか言って言い訳しようかなあ。
とりあえず、一回これで更新しておこう。足りなさを感じればもう一回記事にしよう思います。