Header Ads

全国ニュースと所感

「ここからは関西のニュースをお伝えします」
っていうと、じゃあその情報は関西を出ると役立たずなニュースなんだ。とすると、全国のニュースは日本を出るとやっぱり役立たずで、逆に世界のニュースが微々たるほどしか流れない所を見ると、もはや日本の情報はたいして意味のない話で満たされているのかな。

さて

海の無い奈良ではバカな人もそうでない人も夏場の水遊びといえば吉野川に行く(?)さっきテレビで川に飛び込むのは危ないと言う話をやっていた。一体何を伝えたいのかよくわからないが、要は自己責任でやってることをどういう形かで抑制しようと言う所だろうか。俺からすればそんなことは地方放送であれ流すに値しないものだと感じた。
「飛び込んで死ぬんだったら勝手に死ね」
いや、言葉が荒っぽいが、一応警告はされた上で大の大人が自分の判断を持って行ったこと。その人の自由。結果どうなろうと誰の関与する所でもない。ただ俺なりに少し考えてみた仮説がある。

まず、こういう飛び込み抑止のために監視に人員を割いている点。表面的には事故防止、なんだろうが一方でこれは慈善事業では無いだろうという点。つまり、予め飛び込みで死なないようにした時にかかる費用と、実際人が死んだ時にかかる費用を比べた結果、人には死なれない方が安くつくということ。

本当の所がどうなのかはサッパリわからないが、仮にも税金を使ってやるならそこは一番大事な所だ。高校の時、倫理の授業で死刑はどうなのかという話でも同じことを考えていたのだけど、それもやはり国家の経済状況による。殺せば以降の経費はかからないけど、懲役となると多かれ少なかれ道徳的な面が発生する。人権の保障というか、そんなもんは微妙な話なんだが建前的にはいわざるを得ない。貧乏な国には犯罪者にかける余裕は無い。生かせる余裕が無い。死刑廃止って豊かな国の理屈っていうか、ルールっていうか。

金の話じゃないっていうかもしれない、でも貧しいってそういう事で、今ちゃんと一生懸命生きてる人が生きるためにとる選択肢って多くはないはずなんだよね。だからさ、飛び込みにしても己でコントロール出来ない話にしてしまう時点で酌量なんて必要あるか微妙なわけ。

命っていうと随分ナイーブな話になる傾向にあるし、勿論それは正しい。正しいけど、世の中正しいだけで全てを通せるように出来ていない。なまじ人の納得するような情報の伝え方って事実を歪めるし、おそらく望んだ効果も得られない。

監視員は止めますが助けません。それでも飛び込む人はどうぞ。あなたが死んで困るのはあなたではなくあなた以外の関わる人全員なんで、その責任を取れるならいうことはありません。的なニュース。どう?
Powered by Blogger.