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嫌いの理由

人、食べ物、場所、身なり、車、性格、などなど

それぞれ好きや嫌いを含んでいる。そこには何か統一的なプリンシプルがある訳でもなければ、きっかけなんて実に些細で偶然なものだ。次元的にいうなれば砂漠の真ん中で別れた女に会うくらいのもの。

でも実際にあってしまうのも、また事実なのである。今日は昼にハヤシライスを食べた。味も悪くないし、ヘビー過ぎずライト過ぎず、食事としては適当なものだ。しかし、おれはハヤシライスが嫌い。

一度家族で晩ご飯を食べていた時うちの親父が
「ハヤシライス嫌いやからルーだけ食って」
とヘラヘラしながらおれに皿を渡してきた。おれはそういうアンチマナーな感じがすげえ嫌いなので
「嫌いなら残せばいい、食べなければいい」
と言った。母親も料理に文句を言われるのは嫌いな方だから、その時間はずっと空気が悪かった。

だから未だにハヤシライスがテーブルに並ぶとフラッシュバックする。まあ、外で食べてるときはそうでもないけどね。それに、アンチマナーとは言ったけど、それが単体で機能していたからイラっとした訳ではない。もともと、親父はやりもしない事を出来るといって文句を言う事が多かったので調子に乗らないように制しただけの事。おのれでハヤシライスを作ってから
口を開けと。

さてさて、冒頭で統一感が無いといったことは書いたけれど、人が絡んで嫌いになる事が思いのほか多い。

車のBMWもその一例。

スペックだけ見れば直列エンジンの多さ以外は評価すべき点が多い。しかし、欲しいかというと絶対いらない。ただでも、金貰ってもいらない。それはやっぱり嫌いな人が乗っていたからだ。そのせいか、逆にBMWに乗ってる人もなんだかなあと思うくらい。

機械とか工業製品の類でそういう非合理的な判断をするのは、おれの中で珍しい。ただ、閾値っていうのはどうしてもあるわけで、そこを上回るともはや理性でどうにかなるものではない。

なんかあれだ、書き終わってしまってなんだけど、好きな理由について書いた方が健全だった気がする。
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