public corporation
儲けすぎたらいけない組織だから、儲けすぎた分はその事業に関わることに還元しないといけない。だそうで、某検定で言えば受験料を下げるとかそういうお話。どこかで議論にもなってたけど、儲かりすぎていけないんだったら他の財源の足りない組織に回せばいいのに、なぜ自分の組織内で消化しないといけないのか。どこの誰がダダこねてそういう仕組みにしているのかわからないけど、もっと単純にいいものはいいと認めていかないと、いろんな発展や成長を止める事になって、結局社会全体の利益には貢献できないと思う。
最近はいろんな有名知事がテレビを賑わしてくれているから、自然と政治にも興味を持って見ている。本来ならこうやって表にいろいろ出てきてこそ政治に対していろんな意見を持てるわけですが、なんといっても興味を引くレベルの話をそのへんの政治家が出来るかというと、そんな人は少ない。ある程度プレイヤーとして社会を歩んできた人でなければ、伝えるべきところや問題点なんかは的を射ない結果になってしまう。まあ、おもしろおかしく伝えなければ興味を持たないっていうのは少し自分の意見に偏ってはいるけれど。個人的には、粗が目立つ事であればあるほど興味を持って評価なり何なりが出来ると思っている。日本の政治に粗が無いからとかそんないい話にはなりませんが、誤摩化したりややこしくしたりする事で表面化させてないだけだと今は考えている。
他国では、特に発展途上国では粗が目立ってクーデターやなんかがすぐ起こる。政治への関心の強さと言うか政治の力が弱いのか理由はそれぞれだけど、ある程度それが抑えられるようになるにも時間と教育がいる。日本が昔はやんちゃで今がおとなしいのは粗が無くなったか、粗を目立たなくするという要領が良くなったのかのどっちかが原因。不満や困っている人がニュースで取り上げられるくらいだから前者である事は考えにくい。
一見すると日本は情報が自由に飛び交ってるようにも見えるけど、本当に開示すべき部分がどれほどガラス張りで議論されてるかって言うのは庶民にはわからない。日本の教育と言うバイアスも考慮して政治というのを考えるのはなかなか難しい。国のトップですら自分たちでは直接決めないのに、そのトップの決める事には無条件に従っている。沖縄から北海道まで一億以上の人間の管理を帝都の、とある一部で全て決める。
文句言ってても仕方が無いから、もっと勉強して変えていける力をつけないといけないね。人に求めてあいつがいいこいつがいいって言うのは実に意味が無い。150年間同じ仕組みでマイナーチェンジしてきたらどこかで限界は来る。自然の摂理として変化できないものは死ぬしか無い。それはもっと前にわかっている。
とはいえ普遍的な理も対人ではどれほど実効があるのかは少々疑問。