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国境

を越えた事無い21歳、来月22歳
しばらくは越える予定無いので文学で
せめて本でぐらいは越えたろと思って
海外の本に手ぇ出している今日この頃
まさに読書の秋してる訳である。
ほんで、今は主にロシアを攻めている
トルストイとドストエフスキーの
有名どころ

ふと思う
国語の授業で海外の話読んだかな?と
読んでたとしても完全に忘れてる
多分読んでない
だって国の語やから海外やとおかしいもんね(?)

んで、思うのは
海外の文化に触れるのにまあまず
行くのは一番確実なんやけど
身近なとこで文学読んでみたら、
その国の文化も少しはわかるのかなっていう
そんな意味も込めて
自分の中の未開拓な分野をそういう形で切り開いてる
わけである。

そもそもなんで切り開く必要があるか?と
まあまあ何か無いと急にそんなんせーへん。
理由は ・ ・ ・

・ ・ ・ ・ ・無いよ。。。
無いといえば嘘やけど、ちょうど就活と学業に頭をスイッチ
してるわけだけども、それでいっぱいにしててもその二つは
ルーティンていうかベース?キホン?であって
そこから何か生まれてくる訳じゃないもんね。
そんなとこからなにかしようかなんて
思い至って、その結果、読書。

単純に暇を潰すだけならなんだっていいけど
バイトという選択肢は俺には無かった
お小遣いのやりくりは株の収入でなんとかしようってた
まあ思い通りにはなってないけど
バイトで得る金とは性質の異なるものやし
何より確実じゃないとこがね、投資っていう領域が
ギャンブルとも違う触れる意志がないと触れない分野みたいな?

とにかく大学生になっていろいろ自分の事を考える機会が増えた。
高校までは自分の目標に向かって大学までの道のりを
勉強という形である程度の道筋のついた道を歩く
しかし学校というコミュニティから社会に出るという
この大学生というタイミングは急に道標を失う
目的も変わればなおのこと

そうなると本人の性格というか性質というかそんなんが
行動に表れる気がする
差は見識、見聞、経験、とりあえずざっとしたそんなん

初めの方に書いたのとつなげると文学は国によって
文化的な差がある、だからその文学を書いた人の生きてきた
跡に触れる事で自分に広がりが出ればという「読み」
多くの人と出会うのと、本でその人生を読むのとでは
比較の対象とはいえないけど
生きてるものから受ける影響と残されたものから受ける影響は
違うものであって、どっちも人の成長の糧となる要素やろぅ



・・・なんのこっちゃ
また思った事をカタカタと打ってしまった
随筆文っていうのこういうの?
ただ言葉の定義そのまま好き勝手書いたら随筆っていうのも
センス無いな。

あ、一応国境って題名に絡んでいうと
何で国境って分けただけでこうも文化に違いが出るのかなって
そんだけ~ 
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