水槽の水
昔、お祭りで救った

・・・
掬った金魚が家にいた。
和金と出目金が一匹ずつ。
最終的には金魚の大きさではなくなって
目の前の川に release することになってしまった。
で、
その金魚の入ってた水槽を洗うとき
前の水を少し残してきれいな水に換えていた。
急変しない方が長生きするという理由で。
今の電化製品でも似たようなことがある。
規格が変わる頃に
これはもう付いてなくていいんやけどっていう
例えばS 端子、D端子、component 端子、HDMI 端子があるのに
composite 端子まで付いてきたりとか、
もうdigital に変わるって言ってんのに
high vision recorder に analog tuner とか付けてたり
しつこく新製品に付随する。
別製品ならまだしも、set 化するのは実に nonsense
旧体制、旧体質は
残した分の - が新しさの足枷になっている。
次の step へ前の情報を残すのはよくない。
変わるなら delta 関数的でなければ。
変われない、又は変えれないなら
新しい場所に踏み込むべきではない。
人の感覚的には緩やかな変化が自然に感じられてるのかどうなのか
よくしらない。
でもそんなに連続的に変わる事、
なんだったら滑らかな事なんて無いと思う。
階段みたいな変化をすごく細かくくり返すかして
言わば直線的に変化してるように見せてるだけでね。
変わろう変わろうと思う時は段階的に peak ばかり見えて
変化が起きるとこでは急に発散するみたいな(どこかで聞いたことのある話)
人の心も徐々に変化したって急に変化したって
たどり着いた時間経過の先で結果がそんなに変わるとは
思えない。
seed っていうか軸が変わらなければ経過は見ない
楽しかったりおいしいのは経過なんやけど
それは又別の話。
おやつの almond cookie.