ブローオフバルブ
タイトルの意味が分かる人は、好きですねアレが。
さあ、海の日は明治天皇絡みの日ですが、わざわざ記念日にする境目ってなんなんでしょうね。正直「ん?」っていう祝日ありまへん?恋人たちの記念日感覚かと思います。かといってすごくそれっぽい日だからと言って休みにしたら納得するのかというと、別にそうでもない気がします。逆に軽い感じの方が気負わなくていいのかもしれません。
ええ、何かよくわかりませんですね。
ところで、明後日は日食ですね。天気が今のところよくないみたいなのです。近畿の辺は。見れるといいなー。
誰だったか、木漏れ日が映す地面の日食の影を追うと綺麗とかいってました。晴れてたらやろうと思います。そして、角さんがいうには、あたりの気温が下がり動物たちも静かになるらしいです。
なんとなく日食ネタがここ何回かであったのでそろそろやめとこうと思います。
では、日本の文化について書いとこうと思います。これもよくブログには書いてるんですが、今回は言葉についてです。まず、日本の文字は音だけではなく意味も持っていますよね。ぼくは、これがおそらく日本人が行間を読む原点になってんじゃないかと思います。吐いた言葉以上の意味を持ったり、察しないといけなかったりと言う事です。ぼくが苦手な部分です。ぼくは吐いた以上の言葉の意味なんかさっぱりわかりません。行間も読みません。言った事が全てなので、言われないとわかりません。まあ二十数年も生きてるんだからいい加減馴染まないとやりにくいとも感じていますが。
そしてもう一つが敬語です。もちろん、これも馴染まないと駄目なのかもしれませんが、上手く使える事よりもこういう事こそ感じ取ってもらいたいとも思うのです。察するのが得意なら尊敬もされてないのを感じた場合、下手に敬語なんか使われても気持ちが悪いとか、ぼくなんかは思います。そして、それは自由な言動を抑制し凝り固まった関係性を生むよくない習慣だとも思っています。
比較的秩序だったまとまりを好む日本人には優秀なサンプルを崇拝する事がベストとされますが、世界はそのまとまりを作る事が不自然だと判断、というか是としているように思います。敷かれたレールとまでは言いませんが、もっといい意味で秩序性を無くす事が健全な世界だと考えています。まあ日本日本と言ってますが、日本人とか外国人とかじゃなくってあるべき個人の姿って言う事です。
アメリカは歴史が浅くって若いエネルギーが国全体の感じとして受け取れますし、ヨーロッパはオリジナルの中心である事が多く歴史もあって調和がとれてるなあと思います。日本は古さばかりが目だって高度成長と言う近代化の一点張りがまとわりついてる気がします。他にも中東やアフリカや南米もそれぞれに特徴はありますがどこも理屈通り効率的に機能はしていません。
だからジョージ・ソロスもよく言うように、再帰性と言うのが成り立って来るわけです。つまり行き過ぎを補正するとかそういうことです。
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なんか今日湿気高くない?べたつくのだけど??