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運がいいとは

本屋へ行けばいらん程並んでる
運がよくなるとかなんとかって言う本。
信じる信じないは別にしても、何で又あんなに数があるのか

この間テレビでは殆どの人が運がいいと思っていると
そういう調査結果が出ていた。
もちろんそういう本を読んで運がいいと思う方が幸せだと
思い込まされているのかは知らないけれど。
なんというか
微妙やね。

まあ本心からそう思ってるならすばらしい
言う事無い。
でも運がいいとは思いながらもどっか疑ってしまってるね、俺は。
なにより人間出来てないもんで、
そう思えば運がよくなるような錯覚に陥るし、
まるで運がいいと唱える事が状況を好転させる呪文のようで

そういうところに逃げるのが危険なのに。

比較的小さい頃、物心がつく以前はよく覚えてないものやけど
俺は物心がつき始めるのが早く(多分)
合理的な少年やったと思う。
いうても程度の低い合理性やけど
例えばgive & takeをbalanceしない奴に嫌悪感を示し、
その嫌悪感で止められず行動に移しちゃうとか
その辺を抑えられないのがまだギリ感情的ではあるね。

何の話か

運っていうのに関しては合理性があるのか感情に引っ張られるのか
また完全に独立したものなのか

それがわかったからどうってことも無いものの
やはり存在を定義した以上は作用してくる。

仮説
ある興味深い話。
いや実はそんな興味深くない浅い話
けれど的を射た実に人間らしい、
何かというと
上でだらだら書いた運にも関係していて
「礼」について
孔子の言う礼は備えていると安定するとか言う話やったような
今回は単純にありがとうっていう言葉ね
さらっと出る人は気に入られやすいんやって。
あー、やろうね、悪い気はしないやろうし
俺が滅多に発しない分よくわかる。
特にありがとうございますって
長い。
gracias , thank you , mercy
とかね
一息やん。
こういうさらっと言える事を"うまい"といってしまうと
なんやけど
運を引っ張ってくるのはそういう要素なのかもね。

ありがとうございます

俺はいいと思わないな、ココ一以外の感謝の言葉を
日常の運を引っ張れるとは言え
軽々しく発言するのは。
一回の重みが無いとかそういう事じゃ無くて

言葉頼りになるのがって言う事やで、もちろん。

んー、冗長な文章やわ
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