tweeter
これは家のspeakerのtweeterです。
車のwheelにも見えなくない。
cameraで切り取れる景色というのは
実際にそれを見た時のどのくらいに相当するんやろう?
cameraっていうかやっぱり脳で直に認識するのが
displayとして至高の姿やな。
さあさあ
突然やけど
visualの話フッといて音の響きの話。
五十音にはそれぞれ音のimageがあって
あ:強い、積極的
か:固い、しっかり
さ:さわやか
た:忍耐
な:親しみ
は:和風、relax
ま:柔らか、緩やか
や:上品
ら:西洋風
わ:開放的
らしい
んぁあ、
当たってたり当たってなかったり
俺の場合名前は忍耐×忍耐×上品やから
あんま当たってないね
あだ名は開放的×忍耐×さわやか(or 忍耐)×上品やから
そっちのが近い。
多分音の響きに引っ張られる感じ、素行が。
だから名前がそのまま呼び名やと単純に表裏が無いとも、
もっと言えば自分の都合のいいように呼べば
そっちに振る舞いを引きずれるとも言える。
脳を理解した時にどういうことがわかってれば楽しいかって
そういうところちゃう?
つまり、言葉と数式が脳から生み出されているとすれば
親側を記述するのにそれで足りるのかって言う話。
となれば現実に生んだ産物の中で理解できる範囲で十分じゃ
ないかって、あー
絶対伝わりにくいわぁー
世の中では
説得が上手い人間は聞くのも上手いとされているが
聞くのが上手い人が説得が上手いとは言えない。
俺は恐らく後者やろうけど
殆どは両者ですらないように思えるね。