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親が無能で、代々無能なら、それは代々誰も無能を自覚してこなかったと言っていいと思います。一人でも無能と気付いていれば無能の連鎖を断つことも出来たのに。そして厄介なことに、その連鎖を断つ(無能を自覚する)時期が送れれば遅れるほど有能さを取り戻すことが困難になります。

最近敬老の日というのがありましたが、年寄りが一歩引け(か)ない社会なんてどうかと思います。この年寄りがいつまでも前に出しゃばろうとすることが、よくない連鎖を持続させることに一役買っているわけです。マクロ的に社会がそうであるように、ミクロ的に家族がそうであるように。知らないことがわかっていることは一番の選択ではありませんが、知らないことをわかっていないよりかは遥かにマシです。大人になると多少利口にはなっても、決して賢くはなりません。その上ひねくれてくるし、頭は固く頑固になってくるし、年寄りなりに如何に柔軟さを保てるかが大事になってきます。


さて、ガチャピンも言ってましたが、いつからが昔なんでしょうか。歳を追うごとに一年の体感速度が速くなっています。某紳助さんによれば、子供の時は近日に楽しいことが待ち受けていることが多く、それを待つことで毎日が長く感じていたそうです。なので、大人になってもそういう目先の楽しさを作って、それを待つようにすれば体感速度を落とせるんじゃないかということです。俺は最近iTunesの追加日というのをみて「これってもう一年前に登録したんだ」と時の早さを実感してしまいました。過去を振り返ってもそれはそれは悔いだらけですが、今更どうでもいいのです、そんなことは。過去にも未来にも俺はいないですからね、今の俺が認識していることが全てです。



これでも待って時間の流れを遅くしようかな、ただ、心待ちにする熱意って言うのがかなりの度合いで薄れているのも事実です。ゲームソフトじゃ足らなくなっているのかねえ。

何だったら俺に火がつくんだろう


金か?


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