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プリンシプル


caution : 続きは長いだけで読んでもおもしろくないよ


今年の新入社員はエコバッグ型だそうで。ここ数年毎年◯◯型と誰かが名付けている。俺は実質去年の方で包括されるべき存在だった。しかし、実際は今年の方で総括される、はずで・・・・まあそれはいいとして、何を以て◯◯型と言われるのか、疑問に思うところがなくはない。日本人は単一民族国家に見せて、その単一さには意外なほどダイバシティがある。血液型でクアドラントし始めたのも少しはそういう面が影響しているのかもしれない。しかも、この島国には一億を越える数の人が住んでいる。十人十色とはいえ、億人億色となると流石にいくつかのパターンへの振り分けもいたしかたない。統計の精度がどれほどかはイマイチピンと来ないけど、六割が当てはまれば今の多数派が力を持つ社会において意味のある結果となる事は避けられない。

公表されているエコバッグ型の特徴は「環境問題に関心があって節約志向である。小さく折り畳め便利だが、使うときは広げる必要がある。活用次第では長持ちする。一斉に買い求めたあたりも近いものがある。」とある。エコバッグを大量に作る事がエコかどうかはおいておくとして、そういう分析をされて今後にどう活かすかということが見えない。正直なところ、その年に目立ったもののネーミングをまんまなぞっているだけだと思ってしまう。◯◯型というのを考えている人は、変わらず自分の中で理想の新入社員の姿はこうであるという「軸」みたいなのがあってのことなのか。

インターネットの普及したこの時代は、自分の考えというのを世に出しやすく、それを簡単に目にする事が出来る。基本的には一方通行で(テレビよりはまだ双方向性があるけれど)。だから、本当ならもっと責任を持って表に出さなければいけない。安易な行動は十分にその行動を理解した人間にだけ許されている。はっきりしたものの言い方が少ないと言われる日本人がそういう安易な行動をとるせいでネット上の様々な論争が起きる。普段の人-人の関係から言う事をちゃんと言ってればオンラインに逃げる必要もない。

自分自身反省するべきところがある。影響が小さいとはいえ(だからこそ?)ブログに日記以上の評論や感情を書くのは随分な引きこもりプレイだった。自由が許されると人の性質上、無法に近づいて、実際に人と対峙したときと雰囲気が変わる「メール人格」のような不安定な存在をバーチャルに構築してしまう。

ブログに罪は無いけれど、ブログに負のエネルギーを吐き溜めたのはかなり無駄な事をした。そのエネルギーを少しでも前向きに使えたら良かったのにと、ガラにも無く後悔している。口にはしないけど後悔だらけだわ。

・・・・
最後まで読んだ人は損した気分になるよねー。

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