歩
移動手段の中で一番遅い徒歩
mainは自転車での移動なんやけど
今日は歩いて移動。
よく、歩くと違う景色に気付くとかいうけれど
自転車くらいだとその違いも微々たるもので
新たに何か感じる事はまあ無かったのである。
時間をかけて歩いて得れる情報と、
その手間を省いて余った時間を別の情報の収集に充てるのと
人は片方が足りなくなればもう片方へ
自然にshiftさせていく
単に効率だけで物事を測るのは良くないなとか
思って歩いてた訳です。
なんで思ったかっていうと
こう神宮の散歩道って、今は砂利とasphalt concreteの
二車線なもんで
自転車は基本asphalt concreteを通ってくると
歩く人とぶつかるときもあるので
footworkのいい方が避けるのが自然なのです。
しかし、自転車と人のどっちがfootworkがいいかは人によって違い、
俺からすれば速度の優れた自転車が避けるのが効率がいいと
思うけど、避ける技術の無い人もいる訳で
言い換えれば
お金のある方が支払いをし
処理速度が速い方が処理をしていくような
現代社会そのものと考える事も出来る。
まあ現代社会は多勢の平均的な働きに評価をかけるという
効率からはほど遠い理屈が通る感情の世界だから
実益の大きく取れる存在は上に立つか下に落ちるかの
単純な二択に落ち着く。
比較的、端々の事は容易く答えを出せて
重要なのに価値がない印象を受ける。
物理でもそう、中間状態はoutlawで端々と違う動きを許される
二重占有とか。
話として成立してるのかは微妙やけど
理屈では端より中間がおいしくって、
実社会では端(厳密には片端)がおいしいのである。
人の欲から言えば端に行きたがるものに思うけど
俺が知る限りはそうでもないようやね。
んー、まあ端が詰まれない事を考えると
人の欲としては端にくる方法は伝えないから
嗚呼、上手く出来てるのか?
それとも・・・・・