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其の壁を越えて

不覚にも蟻に上られてしまった城塞。一日かなあ、ちょっとゴミ箱にバナナカステラの袋を捨てただけなのに。あいつらの鼻(?)は利きすぎている。ただバナナというのが問題なのかもしれない。昔勝俣さんが少年の時に、机にバナナを入れておいたら(蟻で)真っ黒になっていたという、身の毛もよだつ話をしていました。テラーオブバナナ。次から気を付けよう。

話変わって、最近手をよく使うので指やらなんやが傷だらけになっています。「ぼくワイングラスより重たいもの持った事ないんだよね」みたいな指をしてたかったんですが、あいにく気づいた時には骨が太くて掌が分厚い、ピアノを弾くにはとても似合わないような手になっています。今からすごい弾いても細くて長い指にはなりそうもありません。
なんなんだろうね、この体の端々のパーツって。指とか足とかの長さをはじめ、肩幅や腰幅。ああいうとこやこういうところの出来も。筋肉だけでは何とも形までは変えれません。鉄骨の家も骨組みが大事です的な?骨格は遺伝の要素が強い(メンズは母親の、女性は父親の?)らしいけど。育ちですか?そうですか。残念です。



っていうか、日差しで起きると(時間に)安定感がある。すぐに動けるし。この機動力のよさは効率的でいいのです。ただ、今たまたまニュースで見ましたが、早起きしようとするリーマンが多くなってる傾向があるみたいですね。こいつらは早起きが目的じゃないみたいだけど。朝の時間を勉強にとかって言うとるらしいですが、好きだよねえ、そういうちゃんとした理由付けのあるちゃんとした行動。俺とは大違いだわ。でもこういう人は朝に時間を作ればうまくいくという一般論を実行しているだけで何とも中身の薄い事だと思うよね。英語といえば英検とかtoeicの資格をとるみたいな画一的な行動にみられる、その時点での評価を有効とする文化。
超一流の一線にいる人は殆どその道の資格は持ってません。英語ネイティブの人にtoeflの資格が要らないように、俺からすれば実力のない人の箔とかハリボテのためのものでしかないように思えます。そういった積み重ねが虚構を正当化する駄目なところだと思います。もし仮に天下取りの資格があればどうでしょうか、そんなのをとる人はその資格を作った人の基準を満たす範囲でしか天下を取れないと思います。昔は大型免許もなにもかも一緒くただったわけです、今みたいに細かく細分化した事で出来る事と出来ない事が実力ではなく規則で決まるようになりました。そういうのは人を小さくまとめる非常によくない現象だと思います。一級とかっていう位分けはある程度の人も許容出来てしまう微妙なシステムです。これが医者だったら誰も診てもらおうとしないでしょう。免許と資格は一緒なのかは微妙なラインですけど、免許のように無いと罰則があるものは命がかかってるのが多い気がします。なんだかあやふやですが、資格って言う概念は多分最近の発想だと思います。なんでこういう事はじめたんだろうね。だいたい、金絡みだと思いますけど。土用のうなぎと同じレベルです。無知なアホによる高値掴みが目的ですね。どんどん掴んでください。
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