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平易

人にわかりやすく物事を伝えるのはむつかしい。
最近初めて、村上春樹さんの本を読んで、
「なんてこの人はわかりやすい文章をしてるのか」と思った。
俺自身、前々から伝える能力というのはあまり意識してなかった。
しかし、言葉なり文章なりは共有していても
その捉え方は人によって様々である。
同じように言葉は伝わっても
それを元に同じような理解が及ぶかは別の話。
いい加減、二十余年も言葉や文字というものを使ってきて、
物事によって人に伝えられないとあっては
言葉や文字を使っている「かい」がない。

その村上春樹さんの本の中に
「芸術家とは冗長性を回避する資格がある人」とあった。
芸術家の多くがわかりにくいのを売りにしている部分では
確かに冗長性は無い。
逆に言えばわかりやすい物事は冗長なのかもしれない。
しかし、誰もわからないのであれば
芸術家という立場すら存在できない。

不確定性原理。

どんなに賢い、物わかりがいい人でも
出来るだけわかりやすいことの方が「ウケ」がいい。
まともなことを単純明快に話せば
たとえ内容が無くっても、ちゃんとしてると捉えられる傾向にある。
まあ、複雑でいいことなんて殆どないとは思うけど、
誰にでも同様の理解を得られる事象というのは極稀である。
どんなに自分が理解していて、手を替え品を替え伝えても
全然伝わらないことだって少なくない。
これだけは熱意だとかそんな感情でもってしても
どうかなるとは思えない。
もちろん対象となる相手に理解しようという気があってはじめて
伝わるとかっていうのは成り立っていくわけだけど、
恐らく、この世の中ではそんな場合も多くない。

中身がどうであれ伝える力がある人はそれ相応に
伝わることで受ける恩恵も当然ながらあるわけである。
時に色物がカリスマと呼ばれるようになるのも
そういう背景があるからだと思うよね。
そう思うと、今の世界がどうやって出来てきたか考えたら
大した成り立ちじゃないように見えてくる。
ただ伝わった数の多い方へ多い方へ流れていく。
浸透圧と変わりません(?)

それが自然な流れだと言うのなら気にしても仕方が無い。

雪崩にあった時は変に騒がず只飲まれるのと同じように。

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