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年いってごちゃごちゃうるせえのは本当に迷惑な事だと、ヨーロッパの哲学者だかが言ってました。結構有名な人です。もちろんもっと気の利いた言い回しで言ってますが。確かにこれだけは仕方の無い事で、最終的にフィジカルが駄目になっていき、自由が利くのが口だけになる。だから動くところだけは目一杯動かす。だからうるさい。

ついでに言うと、おばあちゃんの知恵袋と言われるような気の利いた事は、この情報化社会によって、わざわざ件の長い年寄りの与太話を聞かずとも手に入る事が多くなりました。それ故に目新しさも無くなり余計にうるさく感じるのです。もちろん、中には貴重な経験もあるんでしょうが、自分から語りたがる人にそういうのを期待しても無駄な場合が多いと感じます。

あと、フィジカルがと言いましたが、顎の力も当然の事ながら落ちていきます。そしてやらかい物ばかりを好んで食べるようになるのです。そうすると脳の働きも悪く、的を射ない事を並び立てて話すようになりとてもストレスです。本人は発散するので、結果的には死亡リスクを押し下げているのかと。これが世にはばかる原理かもしれません。

なんというか、こういう事は言いたくありませんし、非生産的な事なので避けたいところですが。流動性と言う物で、自分の中にとどめておく事が難しいのです。だれもとくしないのはわかってるんだけど。もっとポジティブにポジティブにと思ってるんですが、小さい頃から家庭環境を乱すファクターにずっと年寄りが関わってくるもんで基本的にゼロベースで見れないところがあります。よくないことです。

昨日脳死がどうのって言うニュースを見てました。おれとしては自分が脳死になった瞬間、本人の意思で生死を決定する事が出来なくなるので、、、と思いますが。周りの人がどう思うかは人に依ります。

それと同じって言うと違うかもしれないけれど、年いってまともに日々の事が出来なくなったら、俺は素直に冥府への入り口に足を運びます。それが義務と言うか権利と言うか、そういうもんだと思っています。こういうのも流動性、まあこの場合は循環とか輪廻とかそういう言い方になるのかな?

だからといって別にそういった事を人に強制する事も無いです。単純に、俺は自分がされて嫌なことを人にしないっていう小学校で習う原理原則に基づいて言ってるまでです。

んんんんん

こういうの書き始めるのはいいんだけど、いつもオチが見えない。っていうか解決してないとオチなんかねえよって話だわ。

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