居
土曜日は朝と夕方に家関連の番組が二つある。
建物探訪と住人十色。
見るよねー。
将来建てる時のためにっていうのもあるけど
単純におもしろいわー。
昔は一軒家というのに住みたくって
何でうちはこんな小さいマンションやねんという不満があった。
今はそうでもない、庶民は家なんて買うもんじゃないと思う。
あんな大きな負債は先のキャッシュフローまで拘束して、
金が増えない大きな原因となる。
かといってずっと賃貸がいいかというと
ある程度余剰が出来れば一戸建て欲しいよね、結局。
まあどうせ済むなら寺とか神社みたいな建物がいいなー
とか安易に思う。
それで思い出したけど、まだ建築家を目指していた中学時代
日本史資料集の寝殿造りにかぶり付きだった。
この大きさの家に住む人の給料と食事とか書いてあって
興味を惹かれた。
他にも世界史の資料集でベルサイユ宮殿見つけて
何坪くらいやな、とか計算してたのを覚えている。
それから
家だけじゃないけど余りに自分の周りにはないものばかりで
どうやったら手に入るかを追い求め出した。
金。
いくらあればどのくらいのことが実現出来るのか
それからはずーとそれが気になってる。
何をするにも金基準で考える。
時に俯瞰で呆れることもある。
必要な物が多いか少ないかって言うだけで
それが人を測る物差しではないけどね。
金が原因か違うのか
犠牲は払って来たからねえ
余計にもう後戻りできない感じがずっとある。
まあ全部自分が招いたことなんだけど
一日二食だったころの習慣であるおやつ
一日三食の時代にまで続いている。
肥満も全部自分が招いたことである。
同じ
ある臨界点まで達したら
何かを犠牲にしたところで標準に戻るだけなんだよね
また一つ何かを失えとでも言わんばかり。
何を犠牲にしようか・・・
28日も終わり
もう三月。
部屋にかすかに漂う沈丁花の香り
花言葉は不滅、永遠。
悪くない