ことば
坊主と芸人は
しゃべりに関しては一流である。
じゃなきゃ商売にならないからね
それぞれの世界でそれぞれの言葉があるように
役によって
それを伝える事も感じる事も変わってしまっては
実に無意味なものとなってしまう。
人は多くの場合
事実起きている事より
自分の都合のいいように物事を見ている
だから
本来聞いているはずの声も聞けていない可能性が高い。
話は飛ぶけども
天地人はそんなやな、俺向きではないよね。
まあまだ一回目で何とも言えない、
ただ
人に仕えてどうのという姿は
見ていてどこに面白みを見いだしたものか。
どっちかと言えば
直江のツレの前田慶次の方が見たい。
そもそも
戦国時代っていうのが魅力に欠ける。
嫌いとかじゃなくて
見せる、というか見る観点が違ってくる。
戦国なんやから寄りの戦闘が見たい。
これからどう進めるのか知らないけど
話 main で行くなら見ない可能性が高い。
新撰組から見だして
義経、次飛ばして風林火山、篤姫ときた。
二個見て一個飛ばす pattern であれば、
このまま行くとまた見ない気がする。
なんやろう
たまたまか?
んん、これも都合のいいように見てる証拠
直してもいいけれど
自分の心で決めた事以外は
これも意味の無いことのように思えるし
その辺は
上手く balance させる必要がある。
そういうのが中庸とか言うのか
今はまだ俺にはわからない。