4年と700件
まあ何となくだらだらと、シナリオも無く書き続けているブログ。書き始めてから4年を越えて、記事も後一つで700件になります。人生自体を壮大な暇つぶしと思っている俺からすれば、ブログ一つ書くのにもだらだらとシナリオがないのは仕方の無いことだと思います。しかし、四年という長いスパンで物事が続くというのは俺にとっては珍しいことなのです。昔は(高校入るまでは)ボーイスカウトを十年ほどやってましたが、それが一番長続きしました。嫌々でしたけど。それ以外だと義務教育が次に長いですかねえ。
ちょっと前から気にはなっていました。とてもじゃありませんが、人の気持ちも満足にわからないのに犬のことをわかろうなんて無茶な話です。
なんというか、見切りを付けるのが早いんですよ。なんでも長くやればいいのかって、途中で飽きて、取り組んでいる対象の動きがボックス化してくるとそのタイミングで辞めちゃう。大事なのはそのボックスを我慢して、その先にある上昇を待つことなんでしょう。
確かに自分でも我慢強さという点で、耐え続けるといった時間的な面では至らないところがあると思います。一発一発の耐性はそこそこあると思いますが。連続すると別です。言ってみれば、シュルトの左ジャブを受け続けるのは嫌だってなもんですね。
ブログをはじめてすぐ後に株もはじめて、それも長く続いてますね。三年強です。
ただ、なんでもそうですけど成功と年月は関係ありません。何年やってもぱっとしないことだってあります、むしろそっちの方が多いかもしれません。たまたまでも、自分の天命だと思うようなもんに当たればいいですが、俺は人より多くのことに手を出した割にまだそういうのも見つからず、寄り道ばかりしている感じがずー・・・・・っとあります。少なくともその寄り道が全て自分の暇つぶしを満足させてくれればいいのです。
勘違いしないでもらいたいのは、暇つぶしとはいえ遊びたいとかいう学生のノリではありません。遊んでたいという感情は小学生の時に終わりました。中学生の時には物欲に対する感情が削(はつ)れました。高校の時分には関心の対象が世界に向きました。それ以降は暇つぶしの潰せる基準は世界を変えれるかどうかです。それこそ俺は人より金金言うことは多いんで、金を稼ぐことが目的だと思われても仕方ないところがあります。間違いではないですが的は外しています。
土曜日のこち亀最終話はコミックスと違う内容でしたが、あのけんぼうという人は、コミックス上で「政府は当てにならねえから自分で金をつくらなければならない」といっています。何をするにも政治的な介入というのは存在します。米農家やJALがそうです。
要らぬ政治的な動きを回避する為にも自分で大きな金を動かせる力が必要になるわけです。
他の人がどうなのかは知りませんし興味も無いですが、自分一人を楽しませる程度の金に大した価値はないと俺は思います。
特に長いことこんな日本で生活してきて未だ保身にしか注力していないように思えます。富裕層に対し金を独占するなという考えはいかにもアホくさいです。後進国からすれば日本は何故世界の富を独占するのかと思っているはずです。人の悪い部分は見えても自分の悪いところは見ようとしないところがつくづく笑えます。いつになったら日本は日本の中だけで物事を考えるのをやめるんでしょうね。歴史で藩単位から日本単位に変わったことに感心してたと思うんですが、知ってるだけで理解してなかったわけですか?人気あるのに真意は理解されないですね、坂本龍馬。